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関東に来て7カ月経ちますが近くて遠かった八王子城の攻城記録です。
どうも、ばやしです。
近くて遠かった八王子城にやっと行くことができました。
これから行かれる方のためにもと思いブログを記してみました。
攻城計画
- 天気の良い秋から冬の日に攻城する
- 詰めの城まで行く
- できれば山越えして北の浄福寺まで攻略する
久しぶりの山城でできればゆったりと回るために朝早くJR高尾駅に到着し、西東京バスに乗って朝8時すぎには城址にたどり着きました。
攻城開始
到着が8時すぎだったためガイダンス施設も管理棟もまだ開いておらず、そのまま居館地区と呼ばれる御主殿跡を見に行きました。
古道と呼ばれる戦国時代に使われた道を歩きます。小鳥のさえずりがよく聞こえ快適な道のりです。
写真で対岸に見える道は江戸時代に作られた林道とのことです。
しばらく歩くと曳橋が見えてきました。この曳橋は現在の御主殿跡に行くために作られたもので当時の復元ではないとのことでした。主殿を守るための堅固さがうかがえます。
曳橋を越えると虎口の石垣や石畳が当時のものをなるべく利用して復元されていました。埋もれていた当時の石垣も見られ、八王子城の一番の見どころだと感じました。
御主殿の跡は広く、国有林であった経緯から当時の状態で残っていたそうです。建物の礎石や水路の跡、多数の遺物が出土したとのことです。朝一で誰もいなくて静粛な空間でした。
そこから悲しい話のある御主殿の滝を見て(さすがに写真は撮らずにお参りしました)曳橋の下を通り林道を歩いてそろそろ開くであろうガイダンス施設に戻りました。
ガイダンス施設で資料をもらい、いよいよ要害地区に向かいました。
10分も行かないうちに金子曲輪に到達。要害地区の最初の曲輪で尾根をひな壇上につくられていたとのこと。
柵門を越え高丸を過ぎると、東京が一望できる場所にでます。松木曲輪でも景色を満喫できましたがここの景色が一番最高でした。
いよいよ要害地区に入り小宮曲輪・松木曲輪・本丸が姿を現わします。写真の八王子神社でお参りし右手より本丸に向かいました。
本丸は思っていたよりも小さめでしたが、ここを目指してきましたので感無量でした。
いよいよ詰めの城へと向かいますが道幅も狭く一度下ってさらに峯を登るため不安でしたが、富士見台に行く登山者がいて少し安心しました。
峯の最後の急坂をのぼると石垣が四方にある詰めの城にたどり着きました。本丸からは15分ほどです。登山者の方はここから富士見台まで行かれていましたが私は当初の目的を思い出し引き返しました。
団員のまーちゃんさんが書かれていました柵門より心源寺方面への道に向かい大六天の景色が最高でした。まだ比較的元気でお昼前だったので次の目的地を目指しました。ここからの道が女坂と呼ばれ比較的ゆるやかと思いきや希少植物を守るため道幅が極端に狭く2度ほど転びそうになりました。
最後に
今回は写真が多すぎて長い内容となりました。思っていた以上に行程が長くかなりの距離を歩きました。この後、小田野城と浄福寺城をはしごしたため、帰りには両足がつるくらい無理をしてしまいました。(全身筋肉痛になっています)
皆さんに無理なく攻城してもらえればと思い記載致しました。
読んでいただければ幸いです。