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こんにちは ばやしです。
2月7日の小雪の舞う中、千葉県主催の海城サミットの特別企画で千葉房総半島と江戸湾を挟んだ北条水軍の城玉縄城のウォーキングツアーに参加してきましたので、ツアーの様子をレポートさせていただきます。
当日の様子
土曜日の早朝より会社の同僚と雪を考慮して少し早く出発すると、集合時間の30分以上前にJR大船駅に着きました。
喫茶店でコーヒーを飲んでいると早速団員のまーちゃんさんにお会いしました。集合場所の南改札の前に行ってみると既に人だかりができており、早速受付をおこないました。

前日のオンライン評定で狸親父さん・まーちゃんさん・竹薮の雀さんが参加されることは知っていましたが、当日の参加人数45名のうちなんと私ら2人を入れて9名が攻城団の団員という高確率のツアーになりました。
n1951さんは今回イベント情報共有ルームでこのツアーのことを紹介いただきましたので感謝です。竹藪の雀さんはJRの遅延で第二陣で来られましたが、これほど多くの攻城団の方と回れるのは嬉しい限りです。

今回の玉縄城ウォーキングツアーは大船駅よりバスに乗り、城址のある清泉女学院の中に特別に入れていただき、城内を散策し七曲り坂を下って玉縄歴史館に戻ってくる行程です。

早速玉縄城に向けて出発です。バス停に向けて歩いていると小雪がちらほら舞っています。
午後は雪が降る天気予報でしたので天気がもつかすごく心配です。

玉縄城址のある清泉女学院に着きました。
左側に土塁が見えますが、普段ここは許可がなければ入れません。以前私も攻城しましたが、七曲り坂より大手門跡と太鼓櫓跡を見ただけで帰りました。

建物の左の林が諏訪壇と呼ばれる本丸横の曲輪になります。
普段ここには入れませんので遺構が見れるという楽しみでいっぱいでしたが、全員が揃うまで中に入れないとのことで第二陣のバスが着くまで気温4℃の寒さの中待ちぼうけです。寒すぎて凍えそうです。

第二陣のバスが着くまで、今回の案内役の大竹正芳副理事長に清泉女学院周辺の城の遺構について説明を受けました。
20分ほどするとやっと第二陣のバスが着いて立入禁止の門より中に入れました。

列になって諏訪壇の下の堀切を進みます。学校の中にこれほどの遺構があるなんて嬉しい限りです。

蹴鞠場という曲輪に登りました。蹴鞠場は歴代の玉縄城主が「蹴鞠」をしていた場所だとのこと。
京都風の雅な遊びを強力な軍団を率いる玉縄北条氏がしてたとは実に愉快な話です。

堀切を列になり進みながら月見堂と呼ばれる曲輪方面に向かいます。
まちづくり会議の方々が道々を整備していただいていて実にありがたいです。

月見堂下曲輪に来ました。小さな平場がありそこで説明を受けます。

今度は一周して先ほど通らなかった鍵のかかった門を抜けて今度は三角平場に向かいます。

三角平場にきました。ここは名前の通り三角の形の曲輪で矢射ち場と書かれていました。
ここから七曲りから来る敵を狙えるとのこと。

三角平場より清泉女学院の正面玄関に戻ります。堀切が素晴しいです。

道中が荒れていると思いきや、予想以上に整備されています。素晴らしい遺跡だと思います。

正面玄関に戻り待望の諏訪壇に登ります。大竹副理事長の説明にも力が入ります。
下に水堀の名残が見え、ここからは城域が一望できその広さがわかります。

諏訪壇に登ると広めの曲輪がありました。
以前、三代城主・北条綱成が勧請した諏訪神社があったとのこと。諏訪神社といえば武田が代表的ですがなぜ北条綱成が勧請したかは不明です。ここからは街が一望できます。

諏訪壇を降りて諏訪壇下の堀の跡を見に行きます。
先は行き止まりになっていて40人以上がここに集まり一時渋滞しました。兵であればここで全滅します。

この後大手門方面に向かいます。石段が整備されていてありがたいです。

ここが大手門の跡です。普段は入れないところで私も門の外から以前見ました。
話によると以前は門が残っていたそうですが、学校のテニスコート建設により完全になくなりました。

大手門跡より私も以前入ったことのある太鼓櫓跡に向かいます。
玉縄城の発掘調査では北条氏の代表的な畝堀もこの城で見つかっているとのこと。ここで大竹副理事長の厚意によりこの下の焔硝蔵跡に入れることになりました。

この焔硝蔵跡より見た堀切が最高でした。
普段は入れないところで、この先が七曲りの坂に繋がっているとのことで驚きました。

先ほどの堀切はこの七曲り坂のほうに繋がっているとのことです。反対側と見ていたので納得です。

そのまま七曲り坂を皆で降りますが、正面に見える穴は反対側に行ける抜け穴だと教えてもらいました。

やっと最終目的地の玉縄歴史館に戻ってきました。
ここでジオラマを見ながら今日回ってきた玉縄城周辺の説明を聞き、ツアーは終了と思いきや、大船駅まで戻るついでに柏尾川の側の首塚で大竹副理事長より北条と里見が戦ったであろう湊と砦について説明を聞きました。
この玉縄城が北条水軍の城であったことがようやく納得がいきました。
終わりに
今回は普段入ることができない女学院の中に入れてもらい、貴重な遺構を十分に見れて皆さん満足そうでした。玉縄城の評価があがるくらい私も満足でした。
さらに攻城団の方がこんなにも参加しているツアーも珍しく、道中話しながら城跡を歩けたのも楽しかったです。
毎年あるツアーとのことなのでぜひご紹介したいと思い、ブログに記載致しました。
ここまで長らく読んでいただきありがとうございます。