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こんにちは! 団員のワタナベです。
今回は2月9日(日)に開催された、城たび〈東美濃の山城めぐり・美濃金山城ガイドツアー〉へ参加したレポートを書いてみました。拙い文章ですが、城たびへの参加を迷っている皆さんへ、楽しい雰囲気が少しでも伝われば幸いです。
事前の準備など
過去数回の城たびと同様に、開催の1週間前の夜にオンラインミーティングを行い、顔合わせと流れの説明がありました。
これ以前にもルームでのやり取りにより分からない点は質問していたので、特に問題なく当日に臨めそうでしたが……
直前にまさかの大寒波襲来
それでも団長がこまめに現地のガイドさんとやり取りを行い、随時ルームへ状況を書き込んでいただいたおかげで、安心して当日を迎えることができました。
現地への集合・城跡まで
予定では12:30~13:00に戦国山城ミュージアムに集合。私はお昼ご飯を食べてから12時過ぎに来たのですが、既に多くの団員の皆さんが集まっていました。

なお、こちらのお店や公共交通機関での城への行き方は、たなとすさんのブログ【名鉄広見線とYAOバスで行く「東美濃の山城を制覇せよ!」】にて、分かりやすく紹介されています。
(この記事を読んで、お昼は野戦なべ定食だ! と決めていました)

時間が来たら団長とガイドさん(水野さん、三宅さんのお二人)のお話を聞いて、いざ城へ出発!
今回は集合場所から城入口の出丸駐車場まで、車で来ている団員の皆さんに送迎していただきました。
事前にルームにて、誰がどの車に乗るという振り分けまで団長にしていただいたので、とてもスムーズな移動になりました。

移動開始前の米蔵跡の様子。スタッドレスタイヤを持ってない自分が車で来なくてよかったと思った瞬間です。スタッドレス車で来てくれたドライバーの皆さんに感謝です!

移動中に寄った大堀切の様子。人力で掘ったとは思えないほどの深さに圧倒されます!

出丸駐車場にはピカピカの石碑があり、ガイドの水野さんが「攻城団をお迎えするために建てておきました!」とユーモアたっぷりに解説。
実際には御城印の売り上げで整備ができて、買ってくれた皆さんに感謝とのことでした。

すぐ近くには真新しいベンチも。
御城印は攻城の記念に買っているのですが、こうして目に見える形でお城の維持に貢献できていると分かると嬉しいですね!
城跡内のガイド
ここからは、「長可チーム」と「蘭丸チーム」の二班に分かれて城内を散策しました。我らが蘭丸チームには、三宅さんがガイドに付いてくださいました。

出丸から少し降りた斜面は、春になれば桜が満開になる絶景スポットだそうです。
秋は紅葉がきれいな場所でもありますよ。

長可チームが説明を受けている足元には、野面積みの立派な石垣。この城で二番目に石垣が良好な状態で残っている場所とのこと。
(最も良好な場所は、最後のお楽しみです)

山城の入口から坂を登り、本格的に山城の遺構部分に突入! すると早速解説が。

歩道すぐ横の斜面に大量に落ちている拳大の石は、全て石垣の裏込石だったものが破城により落ちて散乱したものとのこと。
美濃金山城は破城の痕跡がはっきり残っていることで有名ですが、それが無造作に転がっているとは……ガイドしてもらわないと分かりませんね!

こちらは破城の痕跡として案内板にも書かれている三の丸手前の斜面。
写真左側の石垣は本来もっと高かったものが崩され、わずかな石垣が残っている状態。

西腰曲輪より斜面の石垣。
かつては段々状の石垣で、遠くから見ると一面の高い石垣に見えたようです。この設計は信長時代の小牧山城と同じですね。
三宅さん「今でも石が落ちることがあるので気をつけてくださいね。国史跡なので落ちた石も勝手に戻しちゃダメなんですよ」
国史跡になった後もいろいろ大変なんですねぇ……。

続いて二の丸を超えて枡形虎口へ。
山城にあるとは思えない立派な枡形です。通過後に長可チームが入ってきたので、鉄砲を構えた城兵目線で一枚撮影しました。

本丸に行く前に、南腰曲輪の裏側斜面の石垣へ。
三宅さん「城に来てくれた方に見てもらえるように、最近見学ルートを整備したんですよ」
手間暇かけて整備してくださり、ありがとうございます!

本丸裏側の東腰曲輪へ。
ここは雨水を貯める集水桝だったと言われていますが、石組みだけでなく地面から粘土質の土が発掘されており、しっかり水が貯められる構造だったようです。

同じく東腰曲輪の中には一直線に積まれた石垣も。これは果たして何の遺構なのか……?
三宅さん「僕らが片付ける時に邪魔な石を積み上げたもので、昔のものじゃないですよ」
こういうことも、ガイドさんに聞かないとわかりませんね。

本丸虎口に到着! ここで天守の場所について、広島大学の三浦教授の説の紹介がありました。
従来はこの虎口の近くに天守があったと想定されていたが、出入口のすぐ近くに天守があるというのは考えづらく、入口より最も奥まった場所だったのではないか
という説でした。ただし、この入口から最も奥の場所は石垣などがかなり撤去されていて、天守が建っていたという遺構は見つかっていないようです。
これに対して他の団員さんより「美濃金山城の天守跡が正方形だったと言えなければ、金山越し(犬山城の天守が美濃金山城の天守を移築したものという伝承)の話は成り立たないのでは?」と疑問が投げかけられていました。うーん、確かに!

本丸からは城下町があった方向を一望できます。
これだけ見晴らしが良いのもボランティアの皆さんが木を伐採してくださるおかげなのですが、あまり切りすぎても崖崩れが起きて危険という意見もあるそうです。
このあたりのバランスは難しく、考えさせられる内容でした。
この後は長可チームと合流し、本丸の石碑前で記念撮影後に下山を開始しました。

搦手道からの下山となりましたが、あまり通る人がいないせいか雪が多く残っていました。

無事に下山完了! ここが何かと言いますと……。

出ました! 美濃金山城で最も石垣が良好に残る米蔵跡です。
大小様々な大きさの石が緻密に組み合わさった荒々しい石垣が一直線に続いているのは、なかなかお目にかかれないと思います。
こちらで集合写真を撮影し、集合場所まで戻って終了となりました。
最後に
美濃金山城には過去にも一人で来たことがあるのですが、一人で案内板を見ているだけでは分からないようなことを、ガイドさんからたくさんお聞きすることができました。
私以外の団員さんも多く質問されていて、疑問に思ったことやここが好き! ということをワイワイと話しながらお城を歩けることが、この城たびの一番の魅力だと思います。
最後になりましたが、主催のこうの団長とガイドのお二人、それと当日お話しいただいた団員の皆さん、楽しい時間をありがとうございました。
また次の城たびでお会いしましょう!