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二条城で開催された学芸員解説会に参加してきました(二の丸御殿・白書院)

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こんにちは、十林寺です。
二条城二の丸御殿では令和8年1月26日(月)まで、<白書院>の二の間、三の間の特別入室、四の間特別公開を実施中です。
1月16日(金)に学芸員さんによる障壁画解説会があり聴講してきましたので、その内容を簡単にご報告します。

二条城は慶長8年(1603年)、徳川家康により築城後、寛永行幸のため大改修が行われ、二の丸御殿内の障壁画も描き直しました。
寛永3年(1626年)制作の室内障壁画は1016面あり、収蔵館で保管しています。昭和47年から障壁画の模写を開始、平成4年から模写にはめ替え、平成14年からは原画の修理が始まりました。白書院四の間は令和7年(2025年)にはめ替えが終了し、今回、初・特別公開となりました。

白書院とは

二の丸御殿の一番奥にある主人の御座所です。
江戸時代は「御座の間」と呼ばれていましたが、明治時代に「白書院」という名前が定着しました。私的な性格を持つ、くつろぎ空間のため、他の部屋より小ぶりで天井も低くなっています。一の間が主人の居室で、二の間から四の間・帳台の間は、一の間を補佐する役割を果たしたと考えられています。
黒書院など他の部屋との違いは、一の間は大床や違い棚があり書院づくりであるものの二の間との間に襖があること、また、釘隠しも他の部屋より小ぶりとのことです。

白書院の障壁画の特徴

一の間から四の間まで、着色された水墨画(墨画淡彩)で描かれていて、部屋の格と画題の格が一致しています。以前は筆者は狩野興以とされていましたが、平成12年(2000年)以降の研究で狩野長信(狩野永徳の弟)となりました。

特別入室・特別公開の見どころ

1.一の間、二の間(山水画)

中国の西湖の湖岸の風景。湖面に浮かべた舟に乗っている人の視点で描かれていますので、現地では立ち目線ではなく、低い位置から鑑賞してみてください。

2.三の間(山水人物画)

山水と共に、歴史上の人物や伝説上の人物が描かれています。
禅宗の僧・豊干とペットの虎に2人の弟子、梅と鶴を愛した詩人・林和靖(りんなせい)、薪を担いでいる立身出世の人・朱買臣(しゅばいしん。日本の二宮金次郎のような人)を探して楽しんでください。
(解説会ではどの面に描かれているか具体的に示してくれました)

3.四の間(花鳥)

二の間から三の間を経て四の間を目にした時、雰囲気ががらりと変わっているのを感じてほしい(学芸員さん力説)。
冬の空気感が漂っています。柴垣の上まで積もる雪、冷たい小川の流れ、雪の重みでしな垂れた笹、ほんのり咲いた梅。鳥の種類にも注目です。大広間の鷲や鷹、孔雀といった力強く珍しい鳥ではなく、雀や日雀(ひがら)、鷭(ばん)など素朴で小さい鳥が描かれています。
この最奥の四の間を知るのは、主人と身の回りの人達だけ。凛とした寒さの中に生命(鳥たち)が宿る穏やかな空間がありました。この静けさと穏やかさをぜひ堪能してください。

なお、帳台の間は二の丸御殿では未公開ですが、令和8年2月23日(月)まで展示収蔵館で原画を公開中。濃彩金箔で紫苑や萩、女郎花など秋の情景が描かれています。

以上、スライドで細かく解説していただき、あっという間の60分でした。もう少し詳しく知りたいなと思ったことを質問タイムの時に聞きました。

質問①白書院の障壁画が狩野長信と特定した根拠は?

おおまかな説明となるが、研究の仕方として描き方(筆のはらい方や眼の描き方など)を比べていく。それと並行して、江戸狩野派との関係性や、探幽の新様式に影響を受けていない人は誰か? などいろいろな条件を絞っていった結果、長信と特定していった。寛永3年(1626年)、長信49歳。脂が乗っていた時期でもある。ちなみに77歳で死亡。当時としては長生き。

質問②白書院の中で、帳台の間だけ濃彩金箔なのはなぜ?

御殿の中は今のように電気もないのでそもそも暗い。裏方の部屋、箱状の部屋であり閉め切ってしまうと真っ暗。彩りや金箔は照明代わりの意味合いがあった。

解説会終了後、白書院を見学しました。見どころをひとつひとつ確認し満足しました。ただし障壁画に集中しすぎて、天井の高さや釘隠しの大きさの比較を完全に失念してしまい、それが心残りです。

気を取り直して展示収蔵館で原画を鑑賞。こちらは撮影OK(フラッシュ禁止)です。

寛永行幸のための大改装による白書院四の間と帳台の間の障壁画への影響についてビデオ解説がありこちらも興味深かったです。

学芸員さんが力説していた、冬の空気感、素朴な鳥たちを間近でゆっくり愛でてきました。
写真中央の笹の所に2羽の雀が描かれているのですが、分かりますか? 会場写真(2枚目)のテレビに映っている雀です。眠り雀と言われ、1886年(明治19年)の日の出新聞に「二の丸御殿の中で名画のひとつ」と紹介されたそうです。

おわりに

2019年(令和元年)夏に初めて学芸員による障壁画解説会に参加して以来、6年ぶりの聴講でした。
当時は先着順でしたが、今は事前予約・抽選制となっています。当日は募集定員30名に対して20名程で、抽選に漏れるのは嫌だけど、もっと参加者が増えるといいなと思いました。
絵師を特定する研究技法について、こうの団長がブログにまとめてくださっていたと記憶しています。再読して知識を増やしていきたいです。

   
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