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お城と地質(3)
こんにちは、はらぽんです。
前々回は石垣、前回は岩盤と、過去2回は岩石に注目してきましたが、今回は土の城と地質の関係について紹介していきます。
シラス
九州南部に広く分布する、軽石や火山灰など火山由来の堆積物による地層は「シラス」と呼ばれます。
シラスの主な成因は、約3万年前の「姶良(あいら)カルデラ」大噴火による大規模火砕流によるもので、ごく短期間で大量に堆積したそうです。
カルデラといえば阿蘇山が有名ですが、姶良カルデラは鹿児島湾北部(桜島より北側)をすっぽり覆う巨大なカルデラで、当時の大噴火による火山灰は北海道を除く日本全土に降り積もり、関東でも10cmの降灰があったとされています。
このシラスにより形成された平坦な地形は「シラス台地」と呼ばれます。
シラス台地上に築かれたお城
鹿児島県には、シラス台地を利用した山城があります。ふたつ紹介します。
知覧城(ちらんじょう)
南九州市にあり、続日本100名城に選定されている、知覧城です。
台地の平坦面を曲輪とし、その間には深い堀が設けられており、各曲輪の周囲は最大40mもの切り立った崖となっているため、虎口以外からの侵入は不可能と言えます。
虎口も道を曲げ、先の見通せない枡形とし、守りを固めています。
知覧城が廃城となった後も、支城だった亀甲城の山麓に「知覧麓(ちらんふもと)」が形成され、武家屋敷の町並みは国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、江戸期の光景を今に伝えています。
武家屋敷にある庭園のいくつかは国の名勝に指定されており、有料で見学できます。
志布志城(しぶしじょう)
志布志市にあり、続日本100名城に選定されている、志布志城です。
内城・松尾城・高城・新城の4城を合わせて志布志城と呼び、非常に広大なお城です。
(※高城・新城は私有地のため見学不可)
以下に、内城の写真を紹介します。
堀底から見上げる、ほぼ垂直の切岸は、大迫力です。
切岸はシラスの崖なので、手足をかけてもボロボロと崩れ、曲輪の高さだけでなく地質的にも、防御力を発揮します。
(※城跡は文化財です。崩れそうな所には触れず、現状維持に努めましょう)
虎口には工夫が凝らされ、道を180度曲げてある虎口もあります。
お城の谷間地には武家屋敷が並ぶ「志布志麓(しぶしふもと)」が形成され、今も残るいくつかの庭園は見学できます。
関東ローム
「ローム」とは粘性の高い土壌を指す用語です。
関東地方に広く分布する、火山由来のロームが堆積した地層は「関東ローム」と呼ばれます。
関東ロームの主な成因は、約13~2万年前の富士山や浅間山などの火山活動によるものだそうです。
関東ローム上に築かれたお城
関東ロームは粘土質なので土同士の結束力が強く、いったん普請した曲輪は崩れにくくなり、一方で曲輪の切岸は粘土でねちゃねちゃして登りづらいという、土の城にうってつけの特徴があります。
関東ローム上に築かれたお城をふたつ、紹介します。
小机城(こづくえじょう)
横浜市にあり、続日本100名城に選定されている、小机城です。
深い空堀と高い切岸は、非常に迫力があります。
関東ローム上に築かれたおかげで、戦国期の山城が当時の曲輪形状を維持したまま残っています。
本丸へ通じる土橋は折れ曲がり、土橋右側の土塁が横矢を掛けています。
菅谷館(すがややかた)
埼玉県嵐山町にあり、続日本100名城に選定されている、菅谷館です。
鎌倉時代に畠山重忠公の館があったとされ、史跡名称は「菅谷館」ですが、現在見られる遺構は戦国期の城郭に改築された姿です。
両脇に高く土塁が築かれた虎口です。
深い堀と高い土塁は、関東ロームを活かした防御力を感じます。
「三ノ郭」にある嵐山史跡の博物館には、攻城団のチラシがありました。
おわりに
その土地ごとの地質を見極め、巧みに城造りに取り入れる当時の技術者には、驚かされます。
それでは。