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はじめに
こんにちは。城郭建造物大好き・ごましおです。
掛川城御殿(*)内に展示されている伝掛川城御殿障壁画を見てきましたので、団員ブログを書くことにします。
一般的には、掛川城二の丸御殿の方が通りが良さそうではありますが、掛川城御殿という名称で国指定重要文化財に登録されており、また掛川市関連のホームページ等でも掛川城御殿という表記を使用していることが多いようですので、この団員ブログでは掛川城御殿という表記を使用します。
見学のきっかけ
先日、名古屋城ミュージアムで「特別展 華麗なる御殿障壁画」という本を購入しましたが、その中の掛川城の項に伝御殿天袋板戸として4面分の障壁画の写真が紹介されていました。
掛川城御殿に障壁画なんてあったかな?と思い、インターネットを調べてみたのですが、調べ方が悪かったのか、掛川城御殿に障壁画があるという話はまったく出てきません。
仕方がないので、掛川市 文化・スポーツ振興課 文化財係様宛に掛川市のホームページのフォームから問い合わせたところ丁寧な回答をいただき(ありがとうございます)、掛川市が保有する伝御殿障壁画の一部が掛川城御殿に展示されているとのことだったので、掛川城御殿に見に行ってみることにしました。ただ、掛川城御殿に展示されているのであれば、インターネットで出てきても良さそうなのに、とも思いましたが。
掛川城御殿と伝御殿障壁画
掛川城御殿については、攻城団の掛川城の城メモ(見所)に詳しく書いてありますので、障壁画のみに絞って書いていきたいと思います。

掛川城御殿の奥の方にあるこの部屋の左側に障壁画は並んで展示されていました。




右側の3面は「特別展 華麗なる御殿障壁画」にも載っていたので、まずはこちらから。
寄贈者の太田松子氏は掛川藩主・太田氏の子孫で「掛川城復元調査報告書」で「太田家当主太田松子氏」と紹介されている方かなと思いました。ちなみに、「龍虎の画」だけでは掛川城御殿の伝御殿障壁画だとは普通気がつかないですね。また、後で書きますが、龍虎ではなく、鳳凰と唐獅子のようです。



こちらの2面も掛川市 文化・スポーツ振興課 文化財係様からは掛川城御殿の伝御殿障壁画という風に教えていただきました。草花のみの方は他の4面と感じがちょっと違うような気がしますが。


奥の展示ケースの中に右側の障壁画3面+1面の簡単な紹介がありました。
- 掛川城御殿 書院の間 戸棚の戸(鳳凰) 江戸時代後期
- 掛川城御殿 書院の間 戸棚の戸(唐獅子) 江戸時代後期
なお、右向きの唐獅子は掛川市 文化・スポーツ振興課 文化財係様から現在、掛川市二の丸美術館で(展示ではなく)収蔵されていると教えていただきました。





それぞれのアップです。

ここの天袋が鳳凰と唐獅子の障壁画だった時代があったのかもしれないと妄想してわくわくしました。なお、サイズはだいたい合っているような感じでした。
おわりに
伝御殿障壁画を抜きにしても掛川城御殿はとても素晴らしいと思いました。
一応、順路はあるものの2階を除くほぼすべての部屋に自由に入れるのはすごいことだと思いました。御殿と障壁画の勉強をしてから、また行きたいです。
まずはどのお城に障壁画がどのくらい残っているのかを調査しないとです。
以上です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。